会心の一撃が急所に当たって効果抜群クリティカル

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会心の一撃が急所に当たって効果抜群クリティカル

ありふれた感想をしたり顔で綴るよー☆

「ヒューゴの不思議な発明」〜きっとここから愛なんだ、そうなんだ〜

映画
 
 
2011年の米映画ヒューゴの不思議な発明(原題:Hugo)」を見ました。第84回アカデミー賞では同年最多の11部門にノミネートされ、5部門で受賞した作品。
 
 
 

 
 

ざっくりストーリー

 
1930年代、パリのモンパルナス駅の時計台に隠れて暮らす孤児のヒューゴ・カブレは、父親の形見であるカラクリ人形の修理を生き甲斐として日々生活していた。
ある日、人形の修理の為におもちゃ屋で玩具の部品をくすねようとしたところ、店主であるパパ・ジョルジュに見つかってしまう。
厳しい表情を見せるジョルジュに、人形の修理の手がかりである手帳を没収されてしまうが…。
 
 
 

こだわりですか?いいえ、怠慢

 
 
基本的に僕は、映画を見る際にあんまりスタッフ陣とか世間の評価やらの事前情報を入れたくないタイプなんですね。余計なバイアスがかかっていない状態での、自分のニュートラルな反応を尊重したいっていう。要するに、自意識過剰な訳です。
 
 
なので、今回も「アカデミー賞に結構ノミネートされてた」位の予備知識でこの作品を鑑賞したのですが。(その時点でかなりバイアスかかってるけど)
 
 
結論から言うと、事前のイメージと全然違いました。正直、少年が主人公っていうことと絵面がファンタジーっぽいっていうだけで、勝手に「ジュマンジ」「ザスーラ」系列だと思ってましたから。あるいはサグラダファミリア以上の未完の大器「ライラの冒険 黄金の羅針盤」を彷彿とさせられた。
 
 
 
となると、やはり一番ビックリしたのは、エンドクレジットにおいて。
 
 
 
 
 

「この作品を撮ったのって誰だと思う?ねぇ誰だと思う?」

 
 
 
 
 
ドーン!!スコセッシ!!
 
 
 
マーティン・スコセッシと言えば、言わずと知れた、泣く子も黙るハリウッドきっての巨匠ですね。その作品の特徴としては、混沌とした裏社会の人間ドラマとか、生々しいバイオレンス描写とかが挙げられる訳です。
 
 
だから、ヒューゴが駅構内で麻薬のプッシャーとしてモンパルナスの人々を腐敗させ、公安官の男もドラッグで懐柔…みたいなストーリーであれば、「あれ、もしやスコセッシじゃね?」となるのですが、今回は不思議とヒューゴが裏社会の方にドロップアウトしなかったので、エンドクレジットを見た時に非常に驚きました。
 
 
  
 
 

愛、ジュテーム

 
 
 
 
この作品を今年の漢字風に一語で表現すると、「愛」ですよね。直江兼続以上に「愛」
何故これ程までに愛を感じさせるかと言うと、その愛が様々なレイヤーで散りばめられ、多方面にわたって放出されているからだ。
 
 
 
 
①映画への「愛」
 
 
この作品は映画をテーマにした映画です。映画に言及した、いわば"メタ映画"。
 
 
ヒューゴが修理完了したカラクリ人形が、映画ファンにとってはもはやマストだと思われるジョルジュ・メリエスの作品「月世界旅行」の"月面着陸シーン”を描いた瞬間に、この映画がアカデミー賞会員とかに支持された理由の輪郭が浮かび上がってきました。
 
 
 
っていうかパパ・ジョルジュってそのジョルジュだったんかいっていう。
 
 
 
その事実が判明してからは、映画はほぼジョルジュ・メリエスの話になります。というか、その部分がこの作品のキモであって、あくまでヒューゴとかはガワの部分なのでしょう。
 
 
メリエスの栄光と挫折、そして、人々が楽しめる作品を創り続けた人物は、必ず誰かに評価されていて、必ず誰かに届いていて、最後には救われるというストーリー。
 
 
物語のラストでは、ナレーションで、父親からの秘密のメッセージ」がヒューゴの行方を照らし、「家へと導いた」という表現が登場します。
 
 
これは、課題を自ら乗り越えることでハッピーになれるよという教訓であると同時に、父親からの秘密のメッセージ=月世界旅行の月の絵」であったことから、やはり「映画は人々をハッピーにするよ」という想いが込められているような気がします。
 
 
それは、スコセッシの実体験からの感情なのかもしれないし、あるいは、そうであって欲しいという願望なのかもしれない。
 
 
 
 
 
②キャラクター達の「愛」
 
 
登場人物が皆あったかいんですよね。犬を使っておばさんにアプローチしようとするおじさんとか、本をあげて人々の生活を豊かにしようとする図書館のジェントルメンとか、ジョルジュの作品を褒められた瞬間に一番の笑顔を見せる妻・ジョルジュとか。
 
 
そしてキャラクター達の温かさを最もよく表しているのが、鉄道公安官
 
 
鉄道公安官はこの作品における唯一の”敵"的存在ですが、ヒューゴを捕えた際に、孤児院に行かせようとする理由として、「子どもには保護する大人が必要だ」と述べている。
 
純粋に「悪ガキ憎し」の感情があるのかも分からないけど、彼自身にも何かしらの辛いバックボーンがあり、同じ想いをヒューゴに味わわせたくないという気持ちを感じさせています。
だから、どのキャラクターにも愛が溢れているように見えるんですよね。 
 
 
あ、ちなみに唯一悪の濃度が高めだったクロード叔父さんは、ヒューゴばっかり働かせて自分は飲んだくれていた罪で、いつの間にか川にプカプカ浮かんでいました。げに恐ろしき。
 
 
 
 
 
 ③鑑賞者に対する「愛」
 
 
この作品には色々とメッセージが込められていると思いますが、最も主張したいテーマは、「人には誰でも存在理由がある」ということなのだと思います。
 
 
からくり人形には、メリエスの「月世界旅行」の絵を描くという役割が与えられていました。
ヒューゴはそんなからくり人形を修理すること、そして、心を失ってしまったパパ・ジョルジュの人生を取り戻させること、つまり、”治すこと”が自身の役割だと悟りました。
 
 
 
ヒューゴは、タイムラプスのように彩られ、まるで大きな一つのからくりのように見える街の景色を眺めながら、 自身の生きる意味を明確に見出せない少女・イザベルに語りかけます。
 
 
 
「世界が一つの大きな機械なら、ぼくは必要な人間だ。理由があってここにいる。」
 
 
 
機械は部品が一つでも欠けると正常に動作しない。
 
 
 
「君にも理由があるはずだ。」
 
 
 
ヒューゴは語りかけます。イザベラに、あるいは、全ての鑑賞者に向けて。
 
 
 
  
 

総括

 
 
ヒューゴが不思議な発明をして、扉を開くとそこには美しき世界と神秘的な生き物達が〜とナルニア的SFストーリーを勝手に妄想していたので、ほぼ駅構内で完結するリアル系ファンタジーには若干驚きました。良い意味で。
 
 
この映画に詰まった愛と、美しい映像が好きですね。スコセッシ作品では初となる、3D技法を導入した作品らしいですが、素晴らしい形に収斂していると思います。その試みは大成功じゃないでしょうか。
 
 
僕みたいなそこまで映画通ではない人間にも伝わる愛、メッセージ。それだけでこの作品は尊いと、そう思いますね。「クロエ・グレース・モレッツ可愛すぎ」と、そう思いますね。
 
 
 
 
 
(この項:了)